ISABELLA BIRD
日本奥地紀行 in 山形
「まったくエデンの園である」。明治11年、英国人女性が世界に伝えた山形を、彼女の道順でたどる。
明治11年(1878年)夏、46歳の英国人旅行家イザベラ・バードは、通訳の青年・伊藤鶴吉ひとりを連れて東京から北海道をめざす奥地の旅に出ました。その記録「日本奥地紀行」でひときわ輝くのが山形の章です。新潟側から十三峠の険しい山道を越えて置賜盆地に下りた彼女は、目の前に広がる田園を見てこう書きました——「南に繁栄する米沢の町、北に湯治客の多い温泉場の赤湯をひかえ、まったくエデンの園である」。
のちに「東洋のアルカディア(理想郷)」として語り継がれるこの一節は、外国人の目が最初に発見した山形の美しさです。バードはさらに上山・山形・天童・尾花沢・新庄と村山盆地を北上し、上台峠からピラミッドのような金山三山を望んで金山に宿泊。県を縦断して秋田へ抜けました。
苦難の峠道も、蚤に悩まされた宿も、彼女は率直に書き残しました。だからこそ、最大級の賛辞で描かれた置賜の風景が信じられるのです。
バードが書き残した山形
旅の最難関
十三峠越え
越後と置賜を結ぶ十三の峠が連なる旧米沢街道。最も険しい宇津峠を越えて、バードは山形に入った。
小国町・飯豊町
盆地がひらける瞬間
遠望の地(手ノ子)
峠を下ると視界が一気に開け、置賜盆地が眼下に広がる。バードが平野を「喜んで眺めた」地点と推定される場所が飯豊町に残る。
飯豊町
米沢平野への賛辞
東洋のアルカディア
「鋤でなく鉛筆で描いたように美しい」。アジアの理想郷と評された置賜の田園は、今も米とぶどうと桜の回廊。
置賜
「湯治客の多い温泉場」
赤湯温泉
エデンの園の一節に名指しで登場する温泉。開湯900年余、今はぶどう畑とワイナリーの湯の町。
南陽市
上山〜山形〜天童〜尾花沢
村山路の北上
羽州街道を北へ。明治の県都・山形の街や村山の宿場を通り、バードは内陸を縦断した。
村山地方
「ピラミッドのよう」
上台峠と金山三山
新庄から峠を越えると、三角錐の金山三山が姿を現す。バードが遠望した風景は今も変わらない。
金山町
明治11年7月16日宿泊
金山の宿
白壁と杉のまち金山に宿をとった。町はこの縁を誇り、美しい街並みづくりを続けている。
金山町
18歳の旅の相棒
通訳・伊藤鶴吉
若き通訳はバードの奥地行をただひとりで支えた。のちに「通訳の名人」と呼ばれる人物に成長する。
全県
1880年ロンドン刊
『日本奥地紀行』
原題はUnbeaten Tracks in Japan(日本の人跡未踏の道)。明治初期の東北の暮らしを世界に伝えた第一級の記録。
全県
日本奥地紀行 in 山形マップ
ピンは各町の中心の近似位置です。引用は「日本奥地紀行」の記述に拠りました(訳文により表現が異なります)。
モデルコース
置賜・アルカディア発見コース
バードが山形に出会った瞬間を追体験する。移動時間は目安です。
- 1
十三峠を越えたバードの視界が開けた場所と推定される地点。置賜盆地を一望。(展望 約20分)
- 2
- 3
村山・最上 バード北上コース
県都から白壁の金山まで、バードの道順で縦断する。移動時間は目安です。
- 1
明治の面影なら文翔館(旧県庁)へ。バードの時代の県都に思いを馳せる。
- 2
- 3
- 4
- 5
バードが宿泊した白壁と杉の町。街並み散策と大堰の鯉で締める。(散策 約1時間)