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▼大谷風神祭 提灯行列の思い出

大谷風神祭 提灯行列の思い出/
提灯行列の思い出

畑 俊美さんのお話

 子供の頃は、提灯の持つ棒が長かった。六尺とかあったから、子供たちの頭よりもぐっと高い所に提灯の灯りが見えて、遠くから見るときれいだった。今は長いと重たくて大変だからということで、だんだん短くなったんだ。昔の子供のほうが体力も力もあったんだべな。
 あの頃は、田中から中道っていう田んぼ道を通って元の学校の方に向かったんだけど、家がなかったから、どこまでも見えて見事な眺めだった。提灯だけで百メートルは繋がるっけね。子供は大勢いたからね。それに、今よりみんな信心深かったから、子供のいない家でもご利益あるようにと、じいちゃん達が提灯たがきに出てくるもんだっけ。おらだは中学生まで提灯たがったな。各部落に最低でも子供は三十人いたから、二百人近く行列作るんだった。
 がぐど(いたずら)もしたね。行列スタートする前に、人の提灯ば自分の提灯で引っ掛けて倒すと紙さ火付くのったな。あの頃、行列出る前に、紙ぺろっとなくなる子供がいっぱいいたっけたな。(笑)

昭和14年(1939)生まれ。
建築業に55年従事。元朝日町建設労働組合長。田中在住。


柏倉 儀一さんのお話

 提灯行列に大谷以外の子供も参加していると聞いたけど、とてもいいことだと思う。近頃は、屋台が大変盛り上がっていていいけれど、提灯行列が寂しくなってきている。やっぱり風祭は提灯行列が伝統だから、なんとか大切にして欲しいものだね。
 子供達の提灯を見ていると上手な絵も多いので、青森のねぶたのようにコンテストにして、優秀な作品は表彰してあげたらどうだろう。金賞・銀賞・銅賞とか。連合区長賞とか氏子会長とかでもいいな。絵も益々上手になるだろうし、行列に参加したくなる子供も増えるのでないか。

昭和4年(1929)東京生まれ。
農業。戦後父方の大谷に移り住む。毎年高木区の田楽提灯と高木天満宮の絵馬を描いている。高木在住。

(取材/平成26年3月)

田楽ちょうちんを作ろう!
大谷の風神祭
小径第15集『大谷風神祭』
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