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伊達家の墳墓(資福寺跡)

だてけのふんぼ(しふくじあと)

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【概要】 伊達家の墳墓(資福寺跡)は、伊達宗遠(8代)以降、7代にわたり高畑城を中心に施政が行われた高畠町に位置します。伊達家の本拠赤館城と地理的に近く、要害の地であったことから選定されたとされます。その後、伊達家は210年間、置賜を統治しました。

【見どころ】 当地方は伊達宗遠(8代)以降、7代にわたり高畑城を中心に施政が行われた,高畠は伊達家の本拠赤館城と地理的に近く、二井宿峠を背に要害の地であることから選定された,晴宗(15代)から米沢城に移り、17代・貞山政宗の天正19年に岩出山城に移されるまで、伊達家は210年間置賜を統治した,資福寺跡、松川の右岸川西街道のそばに、儀山政宗夫婦、独眼竜の父輝宗、殉死した重臣遠藤山城守の五輪塔4基がある

【基本情報】 住所: 山形県高畠町夏茂1003 問い合わせ先: 高畠町社会教育課文化係 電話番号: 0238-52-1111

出典: やまがたへの旅