山形打刃物
やまがたうちはもの
山形打刃物(やまがたうちはもの)は、山形市周辺で約400年続く鍛冶の刃物。最上義光の城下町づくりで集められた刀鍛冶たちが起源と伝わり、山形市には鍛冶町・鍛冶小路の地名が今も残る。泰平の世とともに刀から農具へ転じ、果樹王国山形のさくらんぼ・ぶどう栽培を支える剪定鋏や接ぎ木小刀、山の鉈・鎌、庖丁へと発展した。一本ずつ自由鍛造で打ち、研ぎ直しながら何十年も使う「農とともにある刃物」。(出典:山形県ふるさと工芸品・山形市)
やまがたうちはもの
山形打刃物(やまがたうちはもの)は、山形市周辺で約400年続く鍛冶の刃物。最上義光の城下町づくりで集められた刀鍛冶たちが起源と伝わり、山形市には鍛冶町・鍛冶小路の地名が今も残る。泰平の世とともに刀から農具へ転じ、果樹王国山形のさくらんぼ・ぶどう栽培を支える剪定鋏や接ぎ木小刀、山の鉈・鎌、庖丁へと発展した。一本ずつ自由鍛造で打ち、研ぎ直しながら何十年も使う「農とともにある刃物」。(出典:山形県ふるさと工芸品・山形市)