エドウィン・O・ライシャワー
えどうぃんおーらいしゃわー
エドウィン・O・ライシャワー(1910-1990)は、東京生まれのハーバード大学教授・日本研究者で、ケネディ大統領の要請により駐日米国大使(1961-66)を務めた知日派の代表格。学者としての出発点は山寺立石寺を開山した慈覚大師円仁の研究で、円仁が9世紀の唐留学中に書き続けた日記『入唐求法巡礼行記』の英訳と研究で博士号を取得した。1988年、山形市の市民グループ「風」の依頼で英文の山形紹介本に「YAMAGATA—The Other Side of the Mountain(山形—山の向こうのもう一つの日本)」を寄稿。巨大都市の日本のすぐ隣に、自然の中に小都市が点在し快適な生活空間がある「もう一つの日本」=山形があり、「山形は、大都市や古都にはない日本の本来の姿が残る、山の向こうのもう一つの日本」であって、将来の日本全体がこの自然と人間の健全なバランスに倣うことを望む——と記した。日本語訳は妻のハル夫人(松方正義元首相の孫)。同年3月には夫妻で立石寺を訪れ、寄稿文を刻んだ碑が山寺芭蕉記念館の敷地に立つ。この言葉は県のキャッチフレーズ「山の向こうのもうひとつの日本」として今も生きている。(出典:山形県「郷土やまがた」特集・山寺芭蕉記念館碑文)