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慈覚大師円仁

じかくだいしえんにん

歴史・人物村山別名:円仁

慈覚大師円仁は、平安時代に活躍した天台宗の高僧です。山形県を代表する名刹、山寺(立石寺)を開いたことで知られています。中国への留学経験を持ち、多くの教えを日本に伝えました。その功績から、日本の仏教史において重要な人物とされています。山寺を訪れる際には、開祖である慈覚大師円仁の足跡に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。 「慈覚大師」の号は866年(貞観8年)に清和天皇が師の最澄「伝教大師」とともに贈ったもので、これが日本初の大師号——あの弘法大師(空海・921年)よりも半世紀早い。 なお、円仁が唐留学中に書き続けた日記『入唐求法巡礼行記』は、のちに駐日米国大使となるエドウィン・O・ライシャワーが英訳・研究したことで世界に知られ、博士が山形を「山の向こうのもう一つの日本」と讃える縁にもなった。

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