ウィキ / 本間光丘

本間光丘

ほんまみつおか

歴史・人物酒田市

江戸中期の酒田の豪商・本間家三代目当主(1732〜1801年)。「本間様には及びもせぬが」と唄われた日本一の大地主・本間家の基礎を築いた中興の祖。米沢藩や庄内藩の財政再建を支える一方、私財を投じて酒田の浜に飛砂を防ぐクロマツの植林を進め、現在の庄内海岸砂防林の礎を作った。利益を公益に還す経営哲学は、上杉鷹山にも影響を与えたとされる。(出典:酒田市・本間家旧本邸)