SAMURAI
山形の武将100選
羽州探題・斯波兼頼から戊辰の鬼玄蕃まで。山形六百年の武士たち100選。
山形の武家の歴史は、1356年に羽州探題として入部し山形城を築いた斯波兼頼に始まります。その子孫・最上義光は「最上四十八楯」と呼ばれた国人たちを従えて出羽57万石の大大名となり、1600年には直江兼続率いる上杉軍と最上領で激突——畑谷城の玉砕、長谷堂城の攻防。関ヶ原と同時に戦われたこの慶長出羽合戦は「北の関ヶ原」と呼ばれます。
置賜は伊達と上杉の国。伊達政宗は米沢に生まれ、母は最上義光の妹・義姫でした。関ヶ原後に米沢へ移った上杉家は、謙信の遺風と直江兼続の町づくりを礎に、前田慶次が晩年を過ごし、やがて名君・上杉鷹山が破綻寸前の藩を立て直します。庄内では中世の武藤氏に代わって徳川四天王・酒井家が250年の治世を敷き、幕末には「鬼玄蕃」酒井了恒が戊辰を戦い、菅実秀と西郷隆盛の「徳の交わり」が生まれました。
この100選は、ウィキ収録の武将・武家82人と、物語の舞台となった城・古戦場18ヶ所をあわせたものです。名前をタップすると各人物・各城のウィキが開きます。
物語の主役12人
最上氏の祖・山形城を築く
斯波兼頼
1356年に山形入部。以後600年続く城下町山形の出発点となった羽州探題。
山形市
出羽57万石の虎将
最上義光
最上四十八楯を束ね、庄内・由利まで版図を広げた山形の戦国の主役。山形城と城下の礎を築いた。
山形市
政宗を産んだ「最上御前」
義姫
義光の妹にして伊達政宗の母。最上と伊達の間で自ら和平に乗り出した戦国の女性。
米沢市
悲劇の姫
駒姫
義光最愛の娘。豊臣秀次事件に連座しわずか15歳で処刑され、父は専称寺を建てて弔った。
山形市
長谷堂城を守り抜いた
志村光安
「北の関ヶ原」で直江軍2万を半月引き受けて落ちなかった長谷堂城の守将。
山形市
真室川の猛将
鮭延秀綱
長谷堂で敵将兼続に武勇を賞されたと伝わる最上家きっての戦上手。
真室川町
畑谷城に散る
江口光清
降伏勧告を拒み一族とともに玉砕。その時間稼ぎが長谷堂の防衛線を支えた。
山辺町
米沢生まれの独眼竜
伊達政宗
米沢城に生まれ育った奥州の覇者。山形は政宗のふるさとでもある。
米沢市
智の小十郎
片倉景綱
置賜生まれ。政宗の軍師として「小十郎」の名を天下に知らしめた。
置賜
「愛」の兜の宰相
直江兼続
上杉の執政として長谷堂を攻め、戦後は米沢30万石の町づくりを主導した。
米沢市
天下御免のかぶき者
前田慶次
上杉の米沢移封に従い、晩年は米沢郊外・堂森で風流に生きた『花の慶次』の主人公。
米沢市
戊辰の「鬼玄蕃」
酒井玄蕃
連戦連勝の武と、敵地の民に慕われた徳。庄内藩が誇る幕末の名将。
鶴岡市
モデルコース
「北の関ヶ原」慶長出羽合戦コース
1600年9月、直江軍2万の侵攻路をたどる。玉砕の城から篭城の城、そして山形城へ。
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江口光清が一族と散った激戦の山城から。
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米沢・上杉と伊達の城下町コース
伊達三代の本拠にして上杉の聖地。ふたつの名家の記憶を歩く。
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謙信を祀る本丸跡。政宗誕生の地の碑も城内に。
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山形の武将100選リスト
武将・武家82人+物語の舞台18ヶ所。名前をタップすると各ウィキが開きます。