▼選挙 台風 震災2011/09/05 07:23 (C) 山の仙人になりてーなぁ〜
▼滅私奉公…なんて死語になったんだろな…
そういや… 初熊家訪問の時も 某家の車が道をふさいでいたな… 普段あの場所では けして見ぬであろう 真っ赤な車に サングラスのオバハンの無言のプレッシャーに(笑) 慌てて家人が路駐の自家用を敷地内に移動させていたが… 公僕なんてのも死語なんだろうなぁ…。 東は地震 西は台風 なんともなんとも…な年 偉いらしい議員よ 今こそ働け …ま、期待するだけ損だし、奴等に自己犠牲なんて無理だろうけどな(黒笑) 2011/09/06 00:58:麦チョコ
▼麦チョコ様そう、滅私奉公など、死語とすべきとお考えの皆様のおかげで、死語となりつつありますな。
権力に屈せず、楯突くが我らの使命・・・などと言いながら、自分が権力の座に付けば、それ以外から楯突かれるさだめ。 権力の暴走を防ぐが民主主義であり、選挙制度と言いながら、いまや官僚の暴走ばかりでなく、権力を得る選挙選出の政治家そのものの暴走も恐ろしい。 彼の言を発するならば、政治に組み入らず、自分の道を行けばよかろうに、民衆によらず権力によるところが嘘なのであろう。 小面倒臭い話だが、そういう事なのであろうね。 議員は、驕らなければそれでいいじゃん。 民衆目線ならそれでいい。 仕事が出来る振りして、お高くとまる。それがいかんのである。 と、思うのだが・・・・・。 2011/09/06 19:56:kuma仙人
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山形県内では、市長、市町村議員などの選挙が多数ある。
お国では、総理大臣なども変わった。
毎年変わるので、大したリーダーシップを発揮する訳でもなく、どうもその、不祥事やらそれらに対応する能力や、無責任と思われる対応、或いは嘘八百とでも言おうか、平気で人を欺いてしまうような人格なのか、何れも、良からぬ評判で、
窮に屈するかの様に思われるのだが。
さて、俺たちの周りを見れば、身近な議員などは、大した責任も発生している訳でもなく、議員の辞職やら、首長のすげ替えなどと言う物々しい結果になると言う事は滅多にはないのであるが。
まるで無責任な言動に終始しているお方もおり、なかなか、いやはや、開いた口がふさがらぬ、などと言う現象が・・・・・。
先日の事。
陽も落ち、暗くなった頃である。
けたたましいクラクションの音で、家族は一斉に食事を中断し、何事かと窓の外を眺めるために窓際に集中したのである。
この田舎では、往来も少なく、急ブレーキの音や、救急車などのサイレンなど聞こえようものなら、村の面々は道路に出てきて、その行き先を確認するという地域である。
近所の知り合いに、一大事でもなかったかと心配するのである。
そのような地域であるので、滅多に聴かないクラクションの連発に、我が家でも何事かと、まあ、確認しなければならんと思ったのである。
すると、道路の進行方向ではなく、田んぼの中、進行方向に対し80度くらいの角度でヘッドランプが田んぼを照らしている。
事故か?田んぼに車が落ちたか・・・・。
暫くすると、その車のすぐ後ろに位置する、某家の車庫に、一台の車のヘッドランプが灯り、その車が車庫から出ると、道路を塞ぐかのように停車していた車がバックして車庫に入ったではないか。
田んぼに車が落ちていた訳ではない。
週末帰ってくる、単身赴任の奥様が帰ってきて、自分の車を入れる車庫に、旦那様の車が入っていたので、道路上でクラクションを鳴らし、家人を呼びつけ、車を移動させた。
と、こう言う訳である。
何とも、何とも・・・・・・。
このブログをいつもチェックされている方なら、このお方がどういった役職の方かご想像つかれると思うのであるが。
選挙で選出された人と言うのは、偉い訳ではない。
偉いと勘違いされている家族と言うものは、こうなるのか、それとも、もともとの性格でこうなのであるか、そこは何とも言えないが。
なかなか、人騒がせな行動を平気で行うものである。
こんな、のんきなブログを書いているのであるが、今回の台風はえらい事になっている様子に、心が痛む。
新聞の写真、那智勝浦で集落が濁流に飲み込まれた写真が載っていた。
津波・・ではないが、水の持つ力に人命が失われている。
東北震災の復興も去る事ながら、各地の自然災害に対して、行政、国は最高努力と最善の策を持って被災者のケアを行うべきだし、行ってほしい。
遠い地に、私たちは義捐金と言う形で、心を送れるが、実際、赤十字などに寄付されたそのお金の使い道は、いつ被災地に届けられるのか不明な点も多いように思うし、AKB48などを起用した、結構お金がかかりそうなCMにも回されていて、ちょっと信用ならない面もある。あのCMって必要か??
地震、津波、水害、土砂崩れなどの被災列島となって、そのケアをできない行政や国家であっては、その土地に住まいを設け、固定資産税を払う意味がない。
過去から支払った固定資産税の積み立てがあれば、小さな家が建つほどの納税をされた方も多いはずである。
税を、湯水のように浪費する国家は破たんする。
いやいや、もはや破たん状態である。
このように、借金を重ね、大切な事に備える事や、箱ものに代表される浪費などを行ってきた国家(人間)に、責任が発生していないと言うのはおかしな話である。
2011と言う年を、語れば、そういった事に気付かなければならず、国家、行政にあっては、手前の職や首、退職金の心配をする前に、国民から愛される国家をつくるために、自己を犠牲にしてまで国民の為に資すると言う事に気付かなければならない年であろう。
愛国教育の為に、日の丸、君が代 では、国民は国家を愛すなど出来るはずもない。
数日前の、マッカーサー元帥が機から降りたつ写真の広告。
国民は、もはや何処かの、天より舞い降りる、新しい天よりの使者にしか期待できないものかと、その古い写真を見て想った。
暫く考え、気分が悪くなったが、それも現実であろうと推察する。
日本の国家、政治家が戦犯として裁かれる準備の最中の写真でもある。
震災による、原発と、その後の対応には、言葉を厳しく操れば、「戦犯」という表現を使いたくなる事も否めない。