▼今夜はなまらナイト!!2010/08/03 05:14 (C) 珈琲豆屋です!
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この間テレビの取材を受けて、自分の喋っているのを聞くと、随分訛っているのが判ります。
自分としては一応標準語っぽいものを話しているつもりなのですが。
高校の頃、南海ホークスを引退して朝日放送の解説をしていた時の皆川睦男氏が講演にいらっしゃいました。
米沢からいきなり大阪に行った時、先輩から「おい皆川、なにか話してみろ。」と言われるのだそうです。もちろん関西弁で。
そしてその言葉をみんなから笑われる、こんなに悔しいことはなく、私は寡黙な人間になってしまったと話していました。
うちのじいさんも半分は東京の生活でしたが、言葉は昔の米沢のお侍さんの言葉でしたね。
よく機屋などに連れて行かれると、幼稚園の頃だったのですが、シーンとして子供が行ってもつまらない家が多く、江戸時代の空気を感じました。
米沢海軍などという言葉があり、幕末に勝海舟とのコネクションを持った旧米沢藩は、優秀な人材を海軍に送り込んでいきます。
但し南雲忠一(中将、戦死後大将)などは訓示などは、何を言っているのかわからなかったそうです。
日銀総裁から大蔵大臣を務めた池田成彬も寡黙で有名でしたが、方言が出ると困ると言う理由だったそうです。
一時全国知事会の8人ぐらいが米沢出身を占めたという時代があったと何かで読んだのですが、ちゃんと意思の疎通が出来る会議になっていたものでしょうか